大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(行ナ)1号 判決

原告 山陽パルプ株式会社

被告 特許庁長官

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

二、事  実

第一、請求の趣旨

原告訴訟代理人は、昭和二十七年抗告審判第三三六号事件について、特許庁が昭和二十七年十二月二十四日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする、との判決を求めると申し立てた。

第二、請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、昭和二十五年十二月二十三日「銀陽」の文字を楷書体風で左横書にしてなる原告の商標について、第五十類紙及び他類に属しないその製品を指定商品として、その登録を出願したところ(昭和二十五年商標登録願第二九一六四号)、昭和二十七年三月二十九日拒絶査定を受けたので、同年四月十八日抗告審判を請求したが(昭和二十七年抗告審判第三三六号)、特許庁は、同年十二月二十四日「本件抗告審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、審決書謄本は、同月二十八日原告に送達された。

二、審決は、右原告の商標を前述の通り認定した上、原査定が引用した登録第七八三九〇号商標を、「錦陽」の漢字を縦書してなるもので、その「錦」の文字は草書体風で、「陽」の文字は行書体風で表わしたものであると認定し、この両商標を比照して、両者は外観上は明らかに相違し、観念の上においてもまた類似の範囲を脱しているが、称呼の上でこれを見ると、前者は「ギンヨウ」であり、後者は「キンヨウ」であつて、両者の称呼は、全体四音中で頭音において発音上近似する濁清「ギ」音と「キ」音の相違があるに過ぎず、このような差異は、全体の称呼から見れば、極めて微差に過ぎないから、取引上両商標の称呼は、聴者をして誤信せしめる虞が十分で称呼上互に類似商標と認める。全体の称呼が四音であつて、その頭音が清濁の差異に過ぎない場合に、取引上彼此相まぎらわしいものであることは、現取引界の実際に徴して明らかであるとしている。

三、しかしながら審決は、次の理由によつて違法である。

(一)  審決は、原告の前記商標及び引用登録商標の比較審査において、両商標の称呼の頭音における清濁の差異のみを認め、しかもこの差異を軽し、この清濁音の差異による重大な結果を看過し、その音調の基礎観念について少しの考慮も払わず、かつ、一般取引上の普通の注意を以つてするも彼此混こうするの虞あるや否や等に付き深い注意を払わずして、唯単に、両商標は頭音において清濁の差異あるのみなりとの故を以つて、直ちに称呼上相まぎらわしきものとなし、この両商標は類似商標なりと断じたのは、審理不尽による理由不備の違法があるものであつて、審決は、当然取り消されなければならない。

(二)  外観と観念とにおいて類似していないことは、審決の認めているところであつて、称呼において頭音の清と濁との差は、称呼上類似性を脱却せずとの考は、誠に社会の経験則を無視した違法があるといわなければならない。もし審決の如き見解に従えば、金属化合物たる「エンカキン」(塩化金)と「エンカギン」(塩化銀)の称呼も類似することゝなるが、未だ曾て実際の取引においても、亦化学実験室においても、この両称呼が類似性を有するの故を以つて、間違や問題を起したようなことは一度もない。若しこの両称呼の間に、けん別性がないものならば、現在までに実際取引上または化学実験室において、種々な不都合の問題が起り、金銀及びこれらの化合物を使用する実験は不可能になり、日本における化学工業に重大な影響を及ぼし、遂には「キン」と「ギン」とを区別するため、何らかの方法を講じなければならない事態に立ち到つている筈である。それだのに、現在にいたるまで、こうしたことの全然ないのは、両者の称呼は普通の注意力を以つてして容易にけん別し得られるという社会経験則を物語るものである。

(三)  本件における問題の中心は、外観も観念も全く異る二つの商標の称呼が一つは「ギンヨウ」であり、他は「キンヨウ」である場合、その称呼の間に、普通人の注意力を以つてしては、彼此混同誤認の危険性があるかどうかの一点である。元来二個の商標の間において、発音上の差異が、清音に対する濁音の相違である場合、この相違が存するから、常に混同誤認の虞がないと速断することができないと同様、かゝる相違の存するに過ぎないものは、常に誤認混同の虞があると一概に論じ去ることは許されない。要は、普通人の注意力を以つてして、両称呼に対するけん別が可能であるかどうかにかゝる問題である。凡そ音には清音と濁音があり、これらの音の取捨按配によつて、それぞれ相異なる語が形成せられておるものであつて、これは、つまるところ、これら清音と濁音の連結によつて相異なる。いいかえれば、けん別可能の語を形成させるための必要から出たものである。例えば、ケシ(罌粟)とゲシ(夏至)ゲチ(下知)、ギンコウ(銀行)とキンコウ(金庫)、キントケイ(金時計)とギントケイ(銀時計)の如く、少数の例外を除いては、その清濁の差異自体のみのため、両語は、称呼及び観念上全く異る語となり、発音上立派にけん別可能にして、混同誤認の危険は寧ろないのが普通である。殊に、その語が三、四音程度の音数からなるときは、その相違は極めて顕著に表われ、両語の区別はいよいよ明瞭となる。文章等においては、仮名に附した濁音は、往々省略されることもあるが、商標等の固有名詞においては、絶対に濁音の省略は行われることなく、常に本来の発音通りに表示するのが取引上の通念である。そして両商標の称呼が類似するか否か、誤認混同を生ずるかどうかを決定するには、先に大審院判決(昭和十四年(オ)第七七二号判決)に説示せられたように、(1)その音調を生ずる基礎観念ありや否や、若しありとすれば、いかなる基礎観念ありやを深く考慮しなければならない。これを本件についていえば、一は「銀」の基本観念を有し、他は「錦」の基本観念を有す。さらに(2)取引上の普通の注意を以つてするも、なおかつ、誤認混同の虞があるかどうかについて、深く考慮を払わなければならない。右(1)(2)は、本問題を解決するに最も必要な実験則であつて、この音調を生ずる基礎観念及び社会の経験則によつて、われわれの日常生活においては、普通の注意力を以つてして、「キン」と「ギン」とよりなる両語のけん別は容易にすることができる。例えば、前記の外センドウ(船頭)とセントウ(戦闘)、トウキ(陶器)とドウキ(動悸)キンカ(金貨)とギンカ(銀貨)ガツコウ(学校)とカツコウ(格好)、キンカクジ(金閣寺)とギンカクジ(銀閣寺)はその好例である。しかのみならず、特許庁における商標審査例についてこれを見るも、次にかかげるように、清濁音の差異のみを唯一の相違点とする多数の商標が、同一類別内に併存して登録されている事実は、以上実験則に準拠しているからに外ならない。すなわち希望と気泡、カールとガール、ダンとタン、国宝と国防、賢婦と玄武、資生と時勢、天喜と電気、ダイヤとタイヤ、名豊と明眸、真美と神祕、霊峰と麗眸、勤勉と近辺等にこれを見る。(全部登録番号と類別の表示を省略する。)

更に原告の商標と引用商標とは非類似にして、誤認混同すべきものでないことは、昭和十一年抗告審判第一一四〇号、昭和十二年抗告審判第四九七号の各審決及び前記昭和十四年(オ)第七七二号判決(本判決は「コヤ」と「ゴヤ」の両称呼が、必ずしも類似するものでないことを判示している)に説示せられた理由によつても、明らかである。

(四)  審決は、清濁の音の差のみ存するものは、いかなる語と雖も類似であるという前提の下に、原告の商標も、引用の商標と類似であると断定せられたものであることに間違ない。しかしながらこのような問題は概括的な判断を基礎として判断するよりも、直接に本問題を判断するのが至当である。何となれば音において清濁の差のみ存する場合においては、互に類似するものがあり、また類似しないものもあるからである。すなわち音についてのみ考察する場合、「キン」なる音と「ギン」なる音とを同時に並べて比照するとき「キン」の音は「金」を聯想し、(もちろん本件の場合は、外観又は観念の裏付により「錦」であることがわかる。)「ギン」の音は「銀」を聯想するものであることは、首肯できるのであつて、「キン」の音と「ギン」の音については、吾人日本人は遺伝的といつてもよい位に、遠い祖先以来けん別能力ができており、またずつと昔からの経験によつても明らかに、けん別能力がある。そして、このことは、「ヨウ」の音がこれに連結して「キンヨウ」「ギンヨウ」となつても、全く同一であつて、吾人のけん別能力は少しも軽減せられない。普通の取引上の注意を以つてする限り、右は、「キンドケイ」(金時計)と「ギンドケイ」(銀時計)、「キンクワ」(金貨)と「ギンクワ」(銀貨)の差異と同様、両者を混同誤認する虞は全然ない。この意味からしても、審決は審理不尽による理由の不備があること明白で取り消されなければならない。

第三、被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを争わない。

二、同三についての主張は、これを争う。

すなわち、原告の出願商標から自然に生ずる称呼は「ギンヨウ」であり、引用にかゝる登録商標のそれが「キンヨウ」であることは、その構成自体に徴し極めて明瞭である。右両者の称呼上の差異は、全体で四音中の頭音で、発音上極めて近似している「ギ」音と「キ」音にかゝる濁清の点のみであり、このような差異は全体の称呼からしてみれば微差に過ぎないというべきで、全体の称呼は彼此相まぎらわしく、聴者をしても、彼此相まぎれる虞が充分あるものといわなければ、商取引界の実情にそわないこと明らかである。

審決は、両商標を比照するに当り、両商標の自然の称呼の全体を、取引上の実際に照合して結論的判断をなしたものであること明らかであるから、原告が主張するように、頭音の濁清のみに主眼的をおき、かつ、取引上の実際も考慮しないでなしたものとするのは、審決の理由を不当に解した結果に外ならず、原告の主張は理由がない。

また原告は金属化合物「塩化金」と「塩化銀」の例を引いているが、金属化合物の取引又は取扱は、商品の性質上極めて綿密な注意が払われていることは顕著な事柄であるし、「金時計と銀時計」、「金閣寺と銀閣寺」「船頭と戦闘」及び「学校と恰好」等の事例も、果たしてこれが世人間に全然誤認される虞がないとはいえない。その他の事例も、本件とは相当かけ離れた事例であつて、採用される限りでないと信ずる。

更に原告の引用する多数の判決例、登録例、審決例についても、商標出願の登録許否の判断は、現社会下の事情を十分に勘案してなすべきであつて、この見地に立てば、これら事例は、現在における商標類否判断の基準とするには足りない。

第四、(証拠省略)

三、理  由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、右争のない事実によつて明白であるように、原告の登録出願にかゝる商標は、「銀陽」の二文字を、やゝ崩した楷書風の書体で左横書にして構成されている商標であり、(甲第一号証参照)また審決に引用した登録第七八三九〇号商標は、「錦陽」の二文字を、行書風の書体で縦書にして構成されている商標である(乙第一号証参照)。そして右両商標が、外観及び観念において、互に類似するものでないことは、これまた当事者間に争のないところであるから、右両者の称呼が果して、審決のいうように、称呼上類似するものであるかについて判断する。

三、右両商標から普通生ずる称呼が、引用の商標は、「キンヨウ」であり、原告の商標は、「ギンヨウ」であることは、疑のないところである。商標の称呼上の類否の判断についても、外観上の場合と同様、両者を並列交互に発音して、それがまぎらわしいかどうかを、直接に対比して決定すべきではなく、時と場合とを異にし、ある商品に使用する商標の称呼が、かつて他の同一または類似の商品に使用された商標の称呼から受けた印象とまぎらわしく、それがため両商品の混同誤認を生ずる虞があるかないかによつて決定しなければならない。今右の見地に立つて両商標を、その共通の指定商品である日本紙及び洋紙の取引者、需要者を念頭において考察するときは、右両商標の称呼から一般の受ける印象は、必ずしも常にはつきり区別されたものではなく、互にまぎらわしいものを含んでいることを否定することができない。もとより二個の商標の間において発音上の差異が、これを構成する第一音の清濁の差異に過ぎない場合、常に誤認混同の虞があるものと論じ去ることができないことは、原告の主張するとおりであるが、本件における具体的事例について、その指定商品の取引上の実際を顧慮し、右両語全体から生ずる称呼を考察すれば、右両者は、審決のいうように、聴者をして誤信させる虞があるものと判断しなければならない。この意味において、原告が、右指定商品の取引者、需要者よりは、はるかに高い注意力を要求せられる化学実験、化学工業における金属化合物の取扱または取引の例を引いて、審決を非難しているのは当らない。

四、次に二個の商標の称呼の類否を判断するには、必ずしもこれを生ずる基礎観念についても考慮しなければならないものではなく、称呼それ自体によつてこれを決定することができるものであることは、全然異なる基礎観念から、全く同一または類似する称呼を生じ、しかもこの場合と雖も、商品の誤認混同を生ぜしめる虞があることに徴して明白であるし、また原告の主張するように、商標等の固有名詞の発音が、常に本来の発音通り表示されるものとは断言せられず、却つてある程度不正確にまた省略して、呼ばれることのあることは、日常取引の実情に照らし、予期しなければならないところである。この意味において、原告の引用する大審院判例及び特許庁における登録の実例は、必ずしも本件に適切ではないし、また原告が請求原因三で挙げた実例も、いまだ前述の判定を覆えさせるには足りない。

五、以上の理由により、審決には、原告の主張するような違法の点はなく、原告の本訴請求はその理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 小堀保 原増司 鈴木勇)

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